スピリチュアルナンバー33な生き方~私らしく思うがままに生きること~

誕生数秘術によるエンジェルナンバー33。自称「抑圧された表現者」が魂の伴侶と出逢い、心を解放していくブログ

繋がる感覚

こんばんは。ゆうです。

 

今月に入ってから、本格的にヒーリングの勉強を始めました。

 

今までにも、さまざまな形で学んではきたのですが、

ヒーラーとして学ぼうと思ったのは、今回が初めてです。

 

学び始めて思うのは、

本当に、人生何ひとつ無駄がないということ。

 

たまたま仕事を通じて得た知識や

自分の体調を整える流れで習得した技術。

 

長年、いろんなことに手を出し続け(笑)

かといって、すべてを極めるわけでもなく

 

自分自身、なんだか落ち着きがないというか

飽き性なのか?と思っていたら

 

どうもトータルで触れる必要があったみたいです。

 

バラバラだった点が

ここにきて、一気に繋がっていくような感覚。

 

それは、私の体の中でも、同時に起こっています。

 

なにせ、自分がわかっているだけで

幼少期から7回手術していますから(^^;;;

 

いくら縫合してつなぎ合わせていても、

感覚的に途切れてる部分があるんですよね。

 

つい最近まで、そういう自覚はなかったんですけど

特に手術回数の多い左足に関しては

そもそもの感覚が薄く

 

立っているのに、地面を踏みしめていない状態。

 

繋ぐということを意識して動くことと

グラウンディングを並行して進めていったことで

大地に立つ感覚が、徐々につかめてきました。

 

50年以上、一体どうしていたんだろうという感じですが(^^;;;

 

それに気づくことも、

人生の課題のひとつだったのかもと思ったりしています。

 

あとは、3回帝王切開しているのが

どう影響しているか、ですが

 

子宮そのものには、おそらく問題がないと思われるので

注目すべきは、腹部のぽよぽよですね(笑)

 

見た目だけでなく、チカラが弱いから、

いろいろな角度から調整する必要があるかもしれません。

 

ヒーラーに必要なものは、安定感だと私は思うので、

まずは自分の調整にチカラを注いでいきたいと思います。

新しい一歩

こんばんは。ゆうです。

大変、ご無沙汰しております。

 

かれこれ、2か月半ぶりの更新ですが、

自粛生活の中、元気に過ごしております。

 

この数か月で、世の中がこれほど変わってしまうとは

正直、思ってもみませんでした。

 

こういうご時世のおかげか、

彼と会う会わないで、すったもんだすることもなくなり(^^;;;

 

自粛要請されていないメールのやり取りまで減り(笑)

 

まあ、それでも、気分転換にと

久しぶりに電話で話したり、まずまず平和に過ごしています。

 

こんなふうに呑気に過ごしていられるのも

日々、動いてくださっている方々のおかげだということに感謝しつつ

 

私自身は、現状を楽観的にも悲観的にも思っていなくて

 

ただ、わからない先のことを心配したとて

どうなろうに

 

と、半ば腹をくくったような心持ちでいます。

 

コロナ騒動のおかげで

久しぶりに娘たちとの時間を持つことができましたし。

 

ついでに、娘たちとの彼氏とも仲良くなったりして(笑)

 

きっと今の稀有な経験が、

今後の生き方に反映されるんだろうなあと思っています。

 

どういう形で、どのタイミングにするかは、まだ決めていませんが、

 

このページに訪れてくださる方々にとって

生きていくためのヒントになるようなメッセージを

お届けしていきたいと思っています。

 

 

どうぞ気長にお待ちいただけたらと思います♡

どこに視点を置くか

こんにちは。ゆうです。

 

前回投稿したのが1月20日でしたから、

かれこれ1か月以上経ってますね(^^;;;

 

最近は、コロナウィルスの影響で、

学校が臨時休校になったり、イベントが中止になったり。

 

我が家もその余波を受けまして、いつもはほとんど家にいない娘と

珍しく一緒に過ごしています。

 

2009年に新型インフルエンザが流行した時も、

うちの地域は、1週間、休校になりましたが、

 

子どもが大きくなったこともあってか

その頃よりは、ずいぶん気分的に楽な気はします。

 

娘も、友達や彼氏と会えなくて、もう少し凹むかと思いきや

これを機に、今月はYouTubeの動画で勉強するそうで。

 

以前から感じていたことではありますが、

 

2000年以降に生まれたお子さんは

自分たちとは、どこか違う次元で生きているような

 

私たちの世代が持っている枠を

すべて取っ払っているような感じがしますね。

 

我が家の子ども達3人の中でも

2000年以降に生まれた末っ子は、

ほかのふたりとは、いろいろな面で違うような気がします。

 

 

今回のような非常事態に陥った時、どう捉えるかで、

自分の中での流れが、かなり変わってくるように思います。

 

ただただ不安に思って過ごすのか

不安な中からでも、プラス面に目を向けて過ごすのか。

 

私はもともと、1月から3月は

バイオリズム的にも不調というか

 

外に出て活動するよりも

内観して清算したり断捨離するほうが向いている時期なので

 

世の中の動向は注視しているものの

実は、そこまで心配はしていません。

 

LINEで所属しているグループの中でも

不安が蔓延してくると

シューって、フェイドアウトしています(^^;;;

 

不要な情報は入れないのが一番。

 

それよりも、自分の免疫力を上げるために

今一度、生活習慣を見直すとか

基本的なことに立ち返ったほうが

この先も、よっぽど役に立つような気がします。

 

 

ちなみに、ツインの彼とは

最近、週1回連絡をとるくらいなので

何をしているのか、さっぱりわかりませんが(笑)

 

こういう状況の中、無理して会いに行って

濃厚接触者なんてことになったら、お互い大変ですから。

 

まあ、今は会わない時期なんだろうと

距離を置いてみるようにしています。

 

焦ったって仕方ないですしね。

私らしく思うがままに生きる

こんばんは。ゆうです。

 

2016年にブログを開設してから約3年半。

 

と書いて、3年半しか経っていないことに

私自身、驚いていますが

 

本当に、この3年半で、いろんなことがありました。

 

感覚的には、10年分くらいの経験をしたようにすら思えます。

 

ブログを始めた頃と今では、状況もずいぶんと変わり、

ツインの彼との関係も、あまり波風が立つことなく過ぎていっています。

 

ツインブログという意味合いで書き始めたわけではないものの

ツインに関しては、本当にこれといった変化がないので

つい更新が滞ってしまうのですが(^^;;;

 

あまりこだわらずに日常の出来事を綴っていってもいいのかなと

最近は、思っています。

 

で、タイトルなどを見直してみようかと

 

「私らしく思うがままに生きる」とは、どういうことか

 

と、自分自身に投げかけてみました。

 

おそらく、昔の私でしたら、

言いたいことを言って、ともすればわがままでもOK

となっていたでしょう。

 

でも、今は、必要なことは伝える

自分も我慢せず、相手にも我慢させない

両者の幸せを願う

 

そういう感覚に変わってきているように思います。

 

彼と私、という視点から

彼の家族、私の家族も含んだ大きな視点に変わってきているのもそう。

 

手段とか目に見える形はどうでもよくて

彼が穏やかに過ごせたら、それでいいかなと思うわけです。

 

三次元的に、私がそばにいるかどうかは関係ない。

 

というのも、連絡をとってもとらなくても

会えても会えなくても

 

彼の存在は常に、私の中にあるから。

 

今の私にとっては、心の中で彼に寄り添い続けることこそが

思うがままに生きることなのかもしれません。

 

 

より良い方向に向かうための布石

こんばんは。ゆうです。

 

ツインという言葉を知ってから、変わらず読み続けている

近藤みずほさんの記事↓

sopdet.com

 

実際にお会いしたこともあるのですが、

いつもタイムリーで、勇気づけられます。

 

今、私と彼との関係は、とても落ち着いていて

数日に1度メールをやり取りする程度ですが

特に不安になったりすることもなく。

 

感覚的に、並走しているイメージをもちながら

毎日を過ごしています。

 

ツイン繋がりの友人とメールでいろいろと話す中で

私と彼の軌跡をたどることも多いのですが

 

彼と離れた頃や、彼が今のパートナーと結婚した頃に感じていた痛みも癒え

すべてが今に至るまでの布石だったことを実感します。

 

30年以上前に何があったか、今でもリアルに描くことはできても

その時の悲しみや苦しみは、もはや思い出せず

今はただ感謝だけが残っている状態で

 

再会してすぐの頃ですら、こんな穏やかな日々が訪れるとは

想像もつきませんでした。

 

再会した当時は、お互い同じ想いでいたことを喜ぶと同時に

 

それなのにどうして今、一緒にいられないのか

 

嘆くことも多かったです。

 

だけど、いつ頃からか、

現実的に離れていたとしても

寄り添っている感覚はあるし

 

むしろ、会っていなかった20数年の月日でさえ

離れていなかったのではないかという感覚になっています。

 

時間も距離も関係なく、気づけば、いつもそばにいる

 

そんな感覚。

 

 

だから、もし今、辛い思いをしながら過ごしているツインカップルがいらっしゃったら

 

すべてがより良い方向に向かうための布石だから大丈夫

 

そう伝えたいです。

予測不能な未来

こんばんは。ゆうです。

 

昨年の10月に母を看取り、しばらくブログを更新できずにいたら

あっという間に年が明けてしまいました(^^;;;

 

遅ればせながら、本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

10月終わりからの出来事をサラっと振り返りますと・・・

 

まず彼とのことについて。

 

11月の初めに会うことにしていたのですが、

都合がつかなくなりキャンセル。

 

結局、12月に入って、半日だけ会うことができました。

 

彼を取り巻く環境も少しずつ変わっているようで、

1日予定を空けることが難しくなっているみたいです。

 

加えて、以前は私が日程調整をしていたのですが、

彼の予定が直前までわからないので

私ではどうにもならなくなってきていて。

 

このあたり、男性が動く、ということを

象徴しているようにも思えますね。

 

なので、一応、こちらから案は出すものの、

あとは焦らず待つことを選び、

私は自分のことをする、という方向にシフトしています。

 

って、以前もそうだったような気がしますが(笑)

前よりも自分への比重が増したかも。

 

以前にも増して、彼の動向に左右されにくくなりました。

 

とはいえ、会えた時には、それまでの緊張が一気に緩んだのか

ぼろぼろ泣いてしまって。

 

私にとって彼はホームというか、

掃除をしたルンバが充電しに戻るじゃないですか。

あんな感じです(笑)

 

だから、会えなくても、そこそこ安定はしているけれど

やっぱり会ったほうがいいと思うわけです。

 

そんなこんなで、先は見えないものの、今は平穏。

一応、来月会う予定です。

 

彼とのことは、そんな感じで、

あとは歌って踊って。

 

8月からスタートした仕事は、

ちょうど今日、契約終了する旨、希望を出しました。

 

結局、あまり仕事はできなかったのですが、

母の看取り後、お休みをいただいている間に

気持ちが萎えてしまったというか

 

若い頃と違い、量産するような仕事は

もうできないと悟ってしまったところがあります。

 

妥協はしたくないけど、

そこにかけるパワーは、もはや無くて。

 

勢いでできた頃を懐かしく思いつつ

年齢を重ねたからこそできることにシフトしていく必要性を

あらためて感じました。

 

なので、しばらくは踊ることと歌うこと、

あとは、都度、楽しむことを選んでいくこと、でしょうか。

 

頭で考えるよりも、感覚で。

 

私の周り、特にツイン繋がりの方は、いろいろと動きがあり

予測不能な状態になってきているように思います。

 

私自身も、また然り。

 

時間の感覚も、以前とは変わってきていますし、

未来のために何かするというよりも

 

とにかく「いま」判断して動く。

 

「今ここ」は、以前からもよく言われていましたが

さらに大切になってくるように思います。

 

大変な年になりそうですが、

手綱を自分で引く意識さえあれば、きっと大丈夫。

 

そう信じて、今年もゆるっと進みます♡

旅立ちの時

こんばんは。ゆうです。

 

母の看取りについて書いたのは、約2週間前。

ylifestyle.hatenadiary.jp

 

先週、思いのほか早く、その時を迎えることになりました。

 

虫の知らせで病院に駆けつけた時

元気だった頃の母の姿はすでになく

あまりの変わりように、涙が止まりませんでした。

 

それでも、最後のチカラを振り絞って

生き切ろうとしている母が

少しでも楽になるようにと

 

寝返りを打つたびに、背中をさすり

話しかけていました。

 

昼間、あれほど苦しそうにしていた母が

夜になって徐々に落ち着いてきたので

薬が効いたのかと思っていたら

 

看護師さんから

 

「呼吸が弱くなっていて、血圧も下がってきているので

 声をかけてあげてください」

 

と言われ。

 

そこから30分間、耳元で声をかけ続けましたが

いつ息を引き取ったのかわからないほど

穏やかに旅立っていきました。

 

弱音を吐くことは、ほとんどなく

周りの人に弱っている姿を見せたくないという意思を

最後の最後まで、貫いた母。

 

結局、私ひとりを見送る人として選んだようです。

 

夜が明けて、母が他界したことをいろんな人に連絡したのですが

誰もが信じられないと言い。

 

それは、母にとっては、この上ない言葉だったのかもしれません。

元気な姿しか見せてないわけですから。

 

旅立つ直前は、腸内にも細かい傷がたくさんできて

出血が止まらない状態になっていたようなので

相当辛かっただろうと思います。

 

だからこそ、長く苦しむことなく逝くことができて

よかったと思っています。

 

もちろん寂しさはありますが

母を看取るのは私の務めでもあったし

自分なりに精一杯やってきたので、悔いはありません。

 

これからは、母が自身の生き様を通じて私に残したかったこと、

伝えたかったことを感じ取りながら、

生きていこうと思います。

 

終活も完璧で、すべてが美しく、凛として潔く

それでいて可愛らしさもある。

 

感情豊かで、愛情に満ち溢れている

そんな母が大好きでした。

 

きっとこれからは、父と一緒に見守ってくれると思うので

そういう意味では心強いです。