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スピリチュアルナンバー33な生き方~私らしく思うがままに生きること~

誕生数秘術によるエンジェルナンバー33。自称「抑圧された表現者」が魂の伴侶と出逢い、心を解放していくブログ

デートDV男を引き寄せる

こんにちは。ゆうです。

 

レイプ未遂事件②の続きです。

 

ylifestyle.hatenadiary.jp

 

高校に入ってからの私は、男性不信に陥ることもなく、

普通にイケメンを好きになり(笑)

恋に恋するような女の子に成長しました。

 

ほとんど面識もないのに、突然電話をして告白したり

部活の後輩と盛り上がって、学校のアイドル的存在だった

これまた面識のない先輩の自宅に突如チョコレートを送りつけたり。

 

恋に恋してたので、

その行動の先は、まったく考えてなかったんですよね(笑)

お付き合いするなんて、想像すらしていない状態でした。

 

この頃には、レイプ未遂事件についても、

 

「もー、信じらんないでしょー。まったく!」

 

みたいに軽口をたたいて、友達に話せるようになっていました。

 

すっかり自分の中では解決したつもりでいたのですが、

今から思えば、男性に対する一種の諦めのようなものは、

根付いていたように思います。

(詳細は「遊郭から来た女」で)

 

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18歳の時に付き合い始めたツインの彼は、

私をとても大切にしてくれて。

 

男性とまともにお付き合いするのは初めてでしたから、

あのまま結ばれていたら、自然と昔の傷も癒えて

ここまでややこしくはならなかったかもしれません。

 

でも、結局は、自分に対する自信のなさから、

彼に対して、絶縁状のような置き手紙をしてしまったんですけどね(^^;

 

私としては、助けてほしくて、気を引きたくてとった行動だったのですが、

まあ、やることが極端でしたね、ほんとに。

 

ツインの彼と付き合っていた時には表面化しなかった

男性に対するゆがんだ価値観が

顔をのぞかせたのは、大学2年の時。

 

彼と離れた寂しさを紛らわせるかのように、

同じ部活内の同級生と付き合うようになってからでした。

 

「私の周りの33な人たち」でも、

ちょこっと登場したデートDV男さんです。

(以下、DV男さんと表現します)

 

ylifestyle.hatenadiary.jp

 

ちなみに、このDV男さん、決して悪い人ではないので念のため。

 

まあ、途中かなりどろんどろんにはなりましたが(笑)

最終的には和解して友人に戻り、

今はどこにいるのか、さっぱり知りません。

 

結婚したことは聞いたので、幸せであれと願います。

 

さて、このDV男さん、

付き合い始めてすぐに、体の関係を迫ってきました。

 

ツインの彼に気持ちが残っていた私としては

せっかく彼が気遣って大切にしてくれた体だけは

守りたいという思いが、どこかにあったと思います。

(ツインの彼とは結ばれないままだったので)

 

私にとって、最後の砦という感覚もありましたし、

しばらくは拒否し続けました。

 

でも、心のどこかで待っていたツインの彼からの連絡は一切なく

私は見限られたと思い、結局、体を許してしまいました。

 

なんかもう、どうでもいいというか、

それこそ姐御肌気質が出ちゃって、さあどうぞ。という感じ。

 

正直、しんどかったですね。

うーん、違うか。しんどいというよりも無力感。

そこに感情をのせないようにしていました。

 

それからは、学生という時間のゆとりもあったのか、

そういう欲求が抑えられない年齢だったからなのか、

しょっちゅう迫られた記憶があり。

 

極力、体を交えるのは避けて、

発散するお手伝いをする程度にとどめていました。

 

ツインの彼が忘れられないのに、つい頼ってしまった

DV男さんに対する引け目もあったんだと思います。

 

私の気持ちが自分にないと気づいたのか、

DV男さんは、いつからか私を極端に束縛するようになってきました。

 

はい、デートDV男さんの誕生です(>_<)

 

当時、携帯電話がなかったから、まだよかったものの、

誰と一緒に出掛けたとか、逐一チェック。

 

その頃はすでに、どちらかの家に入り浸り状態だったので、

私の帰りが遅いと、妙な手紙を書いて、お酒を呑んでたり・・・

 

で、迫られる。

 

もう無理!と思ったのは、

下着を口に入れられて、行為に及ぼうとされたときでした。

 

自分でも何をされているのかよくわからず、

あとでそのことがわかって、愕然としたのを今でも覚えています。

 

それから私は、別れ話を切り出すようになりました。

どうしてもツインの彼が忘れられないと。

 

そんな言い分、今さら通るわけもなく、

束縛されていくうちに、だんだん私自身が外に出られなくなり、

共依存のような状態に陥っていきました。

 

まさか自分が、しかも大学生になって登校拒否になるなんて

思いもよらず。

 

そんな時、母、緊急入院の知らせを受け、

私は、現実から逃れるかのように、勝手に早めの春休みをスタートさせ、

なんとか実家に戻って、まずは心身を癒すことから始めたのです。

 

ツインの彼と離れて1年。

21歳になる前のことでした。